03 INTERVIEW

Shin Yamauchi / Osamu Taira

山内 真 / 平良 修 アジアアロワナ 株式会社

生産者、消費者、全員がハッピーになるように

二人の代表取締役社長

_アジアアロワナ株式会社の代表は2人なんですね。

山内:弊社は、共同代表という形を取っています。
創業時は、僕一人だったのですが、創業数カ月後に平良に加わってもらって、今は二人の代表取締役社長がいるという状態です。
『代表取締役は絶対一人のほうがいい』とか『後々、面倒くさくなりそうだから持ち株の比率に差をつけるべき』とか色々言われましたが、弊社は平良なしではやっていけないので、持ち株も僕と平良で丁度半分、代表権を持った人間も僕と平良の二人としています。
なんというか、こいつ(平良)とだったら心中してもいいかな。という考えなので、敢えて今の状況を是としています。
ただ、金融機関からの借り入れの保証人の欄は僕だけなんですけど(笑)


平良:現場の実務を伴う部分は僕が担うところが多いですね。
というか、こいつ(山内)何やってんだよ。と思うことも多少はあります。気楽とまではいきませんが、楽しくやれています。
ただ今年、生まれて初めて10円ハゲができました。ベンチャーやるってこんなことなんだなと実感しています(笑)


鳴かず飛ばずのまま現在に至る

_山内社長と平良社長はこれまでなにをしてきましたか?

平良:那覇生まれの浦添育ちの生粋のウチナーンチュです。
東京で働きながら、ファッションデザインの勉強をしてきたので自然と都内のアパレルメーカーで数年働いていました。
職務内容は主に生産管理等の、所謂、川上(かわかみ)の業務が多かったですね。
その頃に、スポーツウェアの奥深さを通して身についた素材への愛着や、ファストファッションの見切り発車的なスピード感覚を学んだ気がします。
退職後、沖縄に戻ってきて、現在の会社名である ”アジアアロワナ” というブランドを立ち上げ、鳴かず飛ばずのまま現在に至るといった感じですね。


山内:私は大学卒業後、日系商社の繊維部隊へ配属されて、今日までに至る社会人としての道のりがスタートします。
サラリーマン時代の最初の頃は国内ブランドのOEMが主流だったので営業して発注を頂いていました。しかし時代が進むにつれ、商品開発や設計までを行うODMをやらないと発注がもらえないようになったので、サラリーマン時代後半の売上はこのODMでの受注が殆どを占めていました。
その後、30歳を機に沖縄へUターンし、共同代表の平良と一緒にアジアアロワナというブランドを立ち上げるものの全然売れないので、WEB制作会社のディレクターなんかをやったりしていました。
僕は沖縄県読谷村生まれの読谷育ち、父方、母方共に曽祖父母までの全員が読谷村出身のウチナーンチュです。純血読谷産、品種改良は一切行われていません(笑)


ファッションブランド “アジアアロワナ” の挫折と失敗

_お二人が以前立ち上げたアパレルブランドはどうなっていますか?

平良:二人というか、三人でブランドを立ち上げたのですが、現在休眠中ですね。


山内:スタートアップオキナワのページにある他の社長インタビューを見ていて思ったのですが、僕らにとって数ある失敗と挫折の中での一番は、やっぱり先程ご紹介したファッションブランド “アジアアロワナ” の『挫折』であり『失敗』ですね。
ただ『失敗』で終わらせないために現在の会社名を ”アジアアロワナ” にしている節もあります。成功するまで “アジアアロワナ” やり続けます。


今考えると30歳の大人が考えることではない

_具体的にどのような失敗、挫折だったのでしょうか?

平良:ファッションブランドを設立するにあたり通常通り、生地仕込んで、サンプル作って、普通に各方面へ展示会の招待状送って、コレクションを発表していました。
しかし、展示会にほとんど人が来ない。来ることはあっても知り合いばかり。つまり適切なPRができていなかった。かと言ってPR会社へ委託する財力もない・・・。
良いもの作っとけば、勝手にファンがついてくる!と淡い期待がありました。今考えると30歳の大人が考えることではない。
結果、売れないのに来シーズンの開発もしないといけないし、ある程度は手売り用の在庫も抱えないといけない。
そして、陥ったのが『ブランドを存続させるために、他で稼ぐ』ことでした。
スタートの時点で発生するイニシャルコストは "まぁまぁの額” をしっかり用意したつもりだったのですが、そもそも、無名のアパレルブランドをスタートさせ持続させるには、こんなにもお金が必要だとは考えてもいませんでした。


商品を注文すればするほど、リアルタイムで商品の価格が下落していく

_そこで、現在取り組まれている、スタートアップが始動するわけですね。どんなプロジェクトなのでしょうか?

平良:簡単に言えばインターネットで服が買えるウェブサイトを開発(2018年9月30日公開)しています。
サイトの名前は SCALES (スケールズ http://scales.onl/ ) と言って。商品自体は完全受注生産方式を採用しています。
商品を注文すればするほど、リアルタイムで商品の価格が下落していく、クラウドファウンディングとグーループ購入サービスを掛け合わせたようなサービスです。
しかも、商品の注文者全員が底値で商品を購入することができます。


山内:リアルタイムで商品の値段が下がっていくゲーム感や、SNS(ソーシャルネットワーク)等で拡散してもらい “みんなで服を安くさせよう! ” 的なゲーム感覚も持ち合わせています。それから、アンバサダー制度と呼ばれるアフェリエイトを導入し、商品情報を拡散しやすい機能を導入しています。
更には、弊社がどれだけの利益を頂いているのか?など、商品の製造原価の明細をできるだけ開示しているのも注目するべき点かなと考えています。


ブランドバリューを維持する為、売れ残った在庫を焼却処分

_SCALES誕生の背景をお伺いしてもいいですか?

平良:もう既にご存知の方はいらっしゃると思いますが、アパレル業界って大量の在庫と廃棄を生んでしまうんですね。
高級ブランドはブランドバリューを維持するために、売れ残った商品を安売りするのではなく焼却処分(廃棄)したりします。
また、アウトレットを取り扱う商業施設に出店しているブランドでさえ、アウトレットショップで売る為の商品開発をしています。
本来、アウトレットとは通常の店舗で滞留在庫やキズ物となった商品などを売りさばく販売チャンネルだったはずが、そのアウトレットに並べる商品を一から開発し販売している・・・。
結局は、ファッションブランドって大量の在庫を抱えないと売れない。そして、抱えている在庫のすべてを売り切る事もできないムダの多い業界です。
“大好きなファッションがこのままでは、持続不可能になってしまう” と考えSCALESの基礎となる “在庫を持たないファッション・ビジネス” のアイディアが芽生えました。


山内:ファッション業界に携わり続けてきた経験が一番の原因だと思います。
所謂 “ブランディング” とか、クリエイターの視点とか、ものすごい違和感を覚えています。
なんというか『ブランディングの名のもとに話を盛りすぎてないか?』とか、『嘘はついてないけど、騙してしてるよな』みたいな事を、数多く目にてきました・・・。
そして、商品のクオリティに直結しない付加価値は全部削ぎ落としたら、ファッションはどうなるんだろう?とずっと考えていました。
なので、僕らは絶対に “付加価値” を商品価格に上乗せすることはありません。
だから敢えて、商品の製造原価の明細をできるだけ開示していきます。


PDCAサイクルのPからスタートさせるのではなくDからスタートさせる

_どうして、ベンチャーという道を選んだのですか?

平良:以前勤めていた会社の社内プロジェクトとして、SCALESと似たようなサービスを社会へ提供するといった選択肢もありましたが、実際に大きな組織を当時一平社員だった僕が下から組織を動かしていくのと、ベンチャーで自身が旗振り役となってプロジェクトを進めていくのとではスピード感が圧倒的に違う。
できれば、僕たちの責任の下で世の中にSCALESを広めていきたい。そして、スピード感を持ってやっていこうと決めたのでベンチャーの道を選びました。
PDCAサイクルのPからスタートさせるのではなくDからスタートさせる事ができるのもベンチャーだからできることなのかもしれません。


山内:プロジェクトスタート時は『誰もやったこと無いから、億万長者になれるチャンスが広がる!』としか考えていませんでした。
しかし、アパレル・ファッションで億万長者への道を突き詰めると、古い考えかもしれませんが『売り手よし、買い手よし、世間よし』の『三方よし』を実直にやるのが近道なんじゃないかな?と考えるようになりました。
今は、ベンチャーではなくても『三方よし』ではないとプロジェクトは続かないと考えています。


借りれる時に沢山借りてください

_今後ベンチャーを志している方々へ一言

山内:びねつさんの高嶺社長もおっしゃっていますが、自分の弱さをさらけ出す事。は重要じゃないかな?と思います。


平良:金融機関からの借り入れは、多ければ多いほどいいと思います。借りれる時に沢山借りてください。立ち上げた会社が共同代表制度を採用するのであれば、自分ではないもう一人の代表を、借金の保証人に起用してください(笑)